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荒木集成館の沿革

旧荒木集成館

 昭和27年12月 当時中学教師だった荒木実は、生徒が千種区日和町で拾った一片の土器をきっかけに考古学の研究を始める。

 昭和30年8月 長野県茅野市の「尖石館」(現茅野市尖石縄文考古館)を訪れたとき、創立者宮坂英弌氏に会い、その業績の尊さに打たれ、自力で博物館を建てることを決意する。

 昭和31年5月 愛知用水工事に伴い、名古屋大学考古学研究室による「猿投西南麓古窯址群」の研究調査が始まる。楢崎彰一教授が、当時荒木実が調査していた千種区・昭和区の遺跡を総括して「東山古窯址群」と命名。

 昭和39〜51年 故吉田富夫氏を会長とした名古屋考古学会が発足。名古屋市教育委員会の援助で「見晴台遺跡」の発掘調査が始まる。参加と共に展示会を開く。

 昭和40年8月 名古屋市熱田図書館で、個人収集展「東山古窯址群出土品展」を開く。

 昭和45年10月31日 名古屋市千種区大島町2-83においてミニ博物館「荒木集成館」を創立開館する。

 昭和46年2月 研究者による自然科学と人文科学との交互展示が始まる。

 昭和53年12月14日 財団法人となり、現在地、名古屋市天白区中平5-616に移転開館。

 平成3年4月1日 1階に第2展示室を増設。

ミニ博物館「荒木集成館」開館(旧館)

旧荒木集成館

 生徒が拾った一片の土器をきっかけに考古学の研究を始めた荒木実は、長野県内の個人の博物館に触発されて自力で博物館を建てることを決意。15年後、ついにミニ博物館「荒木集成館」を創立開館した。

 詳細は「土器のかけらに魅せられて」を参照。

初代館長 荒木実について

 「荒木集成館」を創立開館し、館長を勤めた荒木実についての詳細は ここをクリック してください。